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恩人
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    午前0時近く電話がなった。

    普段は携帯が鳴るのが殆どだがら、こんな時間に家の電話が鳴ると嫌な予感。

    出るとおふくろからの電話…。

    予感は的中した。


    叔父さんが亡くなった。
    昨夕、自宅で倒れているのを家族が発見したとの事。もともと叔母さんと二人暮らしで子供達はみんな結婚し、孫も5人生まれ幸せな叔父さんだった。


    自分にとって叔父さんでもり、自分を育ててくれた親父でもある。

    今から30年前の事。
    高校生になったばかりの私の身の回りが一変する事態となった。

    当時、私の実家は地元で会社をやっており、自分もボンボンで育った。
    しかし、大人の事情はよくわからなかったが、突然自宅が抵当に取られ全てが無くなった。

    春に高校に通い始めた自分にとってはもちろん高校もその時点でドロップアウト。


    三文字で言えば、「よにげ」ってやつですね。


    とにかく遠い知らない街で隠れるように暮らしていたんだけど、流石に半年近くなると高校生の自分には現実が受け入れられなくなる。

    この先俺どうなるん?
    そんな事が頭によぎると責めるのは親ばかり。何で俺がこんな目に遭わんといかんのや!と当たり散らしてばかりの日々でした。


    高校だけは卒業しないとという、もちろん親としての思いもあったんでしょうが、借金の返済は親族も巻き込んでいる中、お前さえいいなら戻ってこいと自分に声をかけてくれたのが、叔父さん夫婦でした。


    小さな田舎町ですから、自宅が抵当にとられ一家が翌朝消えれば町では事件みたいなもんです。

    叔父さんは隣町に住んでいたのですが、
    大人の起こした事や。お前ら子供には何の責任もない、悪いわけやない、恥じる事も何もない、高校だけは出ないかんと、そう言って高校生になったばかりの自分を三年間自宅に居候させて卒業まで面倒をみてもらった。



    高校に戻ったとはいえ、半年近くドロップアウトしていたため、授業も何もわからない。

    叔父さん家には小学生の兄弟が二人いたので、下の娘の部屋を当てがってもらった。机や通うための自転車も中古で見つけてくれて与えてくれた。

    まだ16歳の自分にはそんな有難さより、何で俺がこんな思いしてまで…という気持ちが心の中にあり、高校に通いながらも横道それるには全て揃っていた。


    半ばどうでもいいやと喧嘩ばかりに明け暮れ、相手に怪我をさせてしまった。

    学校から下されたのは無期停学処分。

    半年の遅れを取り戻せる日々もなく、また学校から遠ざかる事になってしまった。

    体育教官室に連れていかれ、先生に殴られ、その場で髪の毛をバリカンでバッサリ剃られてしまった。。

    夜も遅かったと思う。
    呆然としている校長室に戻るとそこに叔父さんが駆けつけてくれていた。

    あほたれ!!

    と思い切り殴られ、自分もその場で泣きじゃくった。


    あれから30年が過ぎた。


    当日30代だった叔父さんはたまに私が帰ると好きなビールを飲みながらこう話す。

    「俺が入院でもしてな、お前が病院に駆けつけてくれる時は、俺がもうあかん時やな。」

    便りがないことはえー事やから、頑張れと。いつも話してくれた叔父さんだった。


    ほんまにありがとう。





    最後に話した事は当たり前過ぎて何にも覚えてない。

    せやけど、

    30年前殴られた痛みはよう忘れんし、今の自分があるのも叔父さん夫婦のおかげです。


    今から帰る。


    まっててや。

    | 播州男 | 07:03 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
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    管理者の承認待ちコメントです。
    Posted by: - | at: 2014/11/06 5:01 PM







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